SMテレフォンセックスをするのも楽しいが、伝言ダイヤルなどを使ってSMテレフォンセックスの相手となる女性を探すのも楽しい。
ときには、SMテレフォンセックスをプレイする以上に、SMテレフォンセックスを求めているという女性の録音された声を聴くことそれ自体に激しく興奮してしまうことがある。
その興奮は、SMテレフォンセックスをプレイすることになるSMパートナーを探そうとする姿勢のいじらしさへの欲情ということもあるだろうし、きたるべきSMパートナーに向けられた自分の欲望の披瀝がじつに身勝手であるということへの欲情でもあるだろう。
SMテレフォンセックスのパートナーを探している女性たちの録音を聞いていると、非常に丁寧な言葉づかいで、自分がサドマゾのどちらに属する人間であるか、パートナーとなるサドマゾの相手にSMテレフォンセックスでどのように扱われたいか、実際にプレイしたことのあるSMテレフォンセックスのなかで過去にこのようなプレイに興奮したことがあるという具体的な実績などが、あけすけに語られている。
SMテレフォンセックスのパートナーを探すテレクラ女性たちの、慇懃無礼でありながらも自分の欲望に限りなく正直で、身勝手であることを知りながらもそれをひた隠しにしようとしていて、それでいて隠しきれない変態性に満ちている自己アピールの数々は、まるで就職のための面接のようなおもむきを持っている。
雇用される奴隷であり、切り捨て可能な末端労働者でしかない私は、SMテレフォンセックスの回線上においては、SMテレフォンセックスをプレイするか否かを決定する冷血な面接官として、彼女たちの今後の快楽の命運を左右するということに愉悦を感じているのかもしれない。
SMテレフォンセックスがしたい、という嘆願を聞き届けながら、その彼女たちの欲望を受け入れるような態度をとりつつも簡単に満たしてはやらないこと。ここに、サディズム的な快楽が発生しているとはいえないだろうか。
私は、送られてきた性の履歴書に眼を通す。ふむ、なるほど。経歴だけを見るならばなかなかのM奴隷気質のテレクラ女性といえそうだ。だが、実際にSMテレフォンセックスをプレイする段階で、私の嗜虐趣味を満たしてくれるかどうかというと、経歴でははかれないところを見なければなるまい。そんなことをつぶやきながら、私は顎ではなくにわかに隆起しつつある陰茎をさする。
あれでもない、これでもない、と性の履歴書が録音されたSMテレクラの伝言ダイヤルを再生していると、私のなかに全能感に似たものが芽生えはじめる。日常生活では決して満たされることがないサディズムが自分に漲っていくのを感じる。
「三十二歳人妻、M奴隷志望です。人畜無害な夫との性生活では自分自身のマゾヒズムを少しも見せないようにしながらノーマルなセックスだけをおこなって数年前に双子の男の子を産みました。共働きの妻に対して全面的に押しつけるにはあまりにも辛く苦しい無賃の家事労働、妻であるからには無料で肉体を差し出さねばならないと無自覚に考えてセックスの権利を主張するまえに行使してくる夫からの無言の性交渉の受諾と性処理、まだ年端もいかぬ息子たちから矢継ぎ早に昼夜問わず届けられる理不尽な要求は、私にわずかながら、マゾ的な快楽を与えてくれているように思います。献身的という仮面をかぶり、私が夫に近代的に尽くし、甲斐甲斐しく双子の息子の世話をしているのは、私が良妻賢母であるからではなくて、マゾヒスティックな変態性欲が大いに満たされるからに他なりません。それほど充実したM奴隷としての暮らしによって被虐趣味を満たされているのであれば、SMテレクラでSMテレフォンセックスをする必要はないのではないか?と思われるかもしれません。確かにそのとおりです。ただ、そのような質問をする方々は、私の変態性欲、私のマゾヒズムがどれほど強烈なものであるかを御存知ではないようです。いえ、いえ、これは御存知でなくて当然なのです。というより、私でさえ、自分自身のマゾヒズムの原油がどれほどの深さと量を蓄えているのかを知らないのですから。SMテレフォンセックスは、私に隠された未開拓のマゾヒズムを発見する場所です。生活レベルでの被虐では満足できない私は、自分自身のマゾヒズムというものが快楽のどの地点にまで到達するのかを、あなたの嗜虐的言動によって知らしめられたいと考えております。私は、SMテレクラを利用し、SMテレフォンセックスに興じるような現代のサド侯爵たちと電話回線のうえでサドマゾ的快楽に耽溺することによって、私自身の快楽の限界を探りたいのです。この録音を聞かれたかたで、興味があるサディストの男性がいらっしゃいましたら、どうぞ、わたくしめをM奴隷として扱っていただき、存分に残虐の限りを尽くしていただきたく存じ上げます。あらあらかしこ」
身勝手な欲望が録音された無数の伝言ダイヤルを一通り聞き終えて、私の関心を惹いたのはこのSMテレクラ女性であった。このSMテレクラ女性であれば、きっと満足のいくSMテレフォンセックスができるに違いない。書類審査を通過したSMテレクラ女性にさっそく電話をかける。
「もしもし。今回は弊社でSMテレフォンセックスをプレイされたいということですが、なぜ弊社でSMテレフォンセックスがしたいのかを簡単に話していただけるでしょうか」
「もしもし。あの、えっと、御社にこだわっているというより、私を人として扱わずに自由意志を奪い、懇切丁寧に周到に張りめぐらされた罵倒の網にとらえられ、圧倒的な知性と残虐性に裏打ちされた言葉で打ち据えられ、私の精神の隅々にまで奴隷根性が染み渡るというような調教をしてくれるご主人様であれば誰でもよかったのです。そんなご主人様と繋がればいいな、という甘い希望で、これといった考えもなく簡単に御社とのSMテレフォンセックスを希望した私の惰弱な精神性を、きっと、御社は受け入れてくださり、批判してくれると信じているのですし、きたるべき批判にそなえて私の秘所は熱した蜜蝋のようにぽたぽたと愛液を滴り落としはじめている始末なのです。もちろん、面接会場まではノーパンできましたから、私が歩いてきた道のりには、愛液のシミがヘンゼルとグレーテルが落としたパンくずのように私の足跡を残しているはずです」
「なるほど。弊社がどのようなサディストであるかは度外視して、とにかくサディストであれば誰でもいい、とにかく、自分の欲望を今すぐにでも満たしてくれるSMテレフォンセックスなら誰でもいいしなんでもいい、という考えのもと、SMテレフォンセックスに応募してきてくださったのですね。それでいて、その誰でもいいという精神をサディストである弊社に批判されたならば、その批判さえも快楽に変換してしまおうという都合の良さもあわせもちながら、コールをされたと。もちろん、弊社はいますぐにでもあなたのお望み通り、まずはサディストであれば誰でもいい精神をねちねちと批判し、それから、SMテレフォンセックスに移行することは可能です。弊社は、SMテレクラ女性と繋がると同時にSMテレフォンセックスが開始できるよう、SMテレフォンセックスのための準備は万全に整えておりますから、あなたの欲望を満たすことは簡単にできるでしょう。ですが、弊社は、あなたにそう簡単にはSMテレフォンセックスの快楽を与えるつもりはありませんし、サディストであれば誰でもいいという雑な態度でSMテレクラを利用してきたあなたのことを批判することも決してないでしょう。弊社の希望としては、あなたを生殺しにしながら、もう少し、あなたのことを伺いたいと考えているのですよ。SMテレフォンセックスをプレイするかどうかはさておき、ね」
「ああ、なんてむごいことをなさるテレクラ男性なのでしょうか。私はいますぐにでもSMテレフォンセックスをプレイしなければ路頭に迷ってしまうほどの強すぎる性欲に襲われて、行き場のない欲望に追い詰められた結果として藁をつかむような思いと震える手でSMテレクラに伝言ダイヤルを残し、サディストの男性からのコールを待っていたというのに、生殺しだなんて!それでいて、SMテレフォンセックスに移行できるかどうか定かではないツーショットの日常会話をまずはしばらく続けてみようという提案をなさるのですから、御社のサディストとしての手腕はじつに見事です。御社のサディストとしての態度に感心させられて、わかりやすいサディズム的行為、嗜虐が加えられていないにもかかわらず、私のマゾヒズムは微細な反応を示しはじめ、滴り落ちる程度ですんでいた愛液は、いまはとろとろと流れる小川の様相を呈すほどなんです」
「それはよかった。弊社とあなたがわかりやすく主人と奴隷の契約を結び、SMテレフォンセックスをするかどうかはさておき、あなたが今回、弊社との煮え切らない生殺しツーショットによって股間をびしょびしょにして興奮して帰っていただけるのであれば、それは弊社としても望外の喜びといったところです。それに、弊社のこの生殺しツーショットダイヤルがじつはサディズム的な配慮であるということを汲み取って理解したあなたのマゾとしての反射神経や能力はなかなか卓越したものがあるように思われます。あなたのようなマゾヒストとであれば、弊社もサディストとしていい共同作業ができるかもしれません。もうすでにSMテレフォンセックスが始まっている、ということをすでに察しているあなたにこんなことを言うのは愚鈍の極みといったところでしょうが、弊社はあなたとならわかりやすい契約関係のもとで行われるSMテレフォンセックスをしてもいいという考えに傾きつつあります」
「ありがたいお話ですが、御社が見抜いておられるように、私はこの生殺し的生電話で十分にSMテレフォンセックスの髄を感じ取り、マゾ的な興奮を抑えきれない状態にありますから、私は、サディストらしからぬ御社の軟化した態度とともに提示された、わかりやすい契約関係のもとにプレイされるSMテレフォンセックスを積極的に拒否し、むしろ、わかりやすいSMテレフォンセックスに到達できない、という迂回の時間に発生するサドマゾ的快楽を堪能したいと考えている次第です。もちろん、これらの一見するととてもSMテレフォンセックスとは思われないようなツーショットダイヤルを延々と継続したすえに終えたあと、御社と私でステレオタイプなSMに興じるという希望があることも、あらかじめお伝えしておいたほうがよいかもしれません」
「なるほど。あなたの意向は十分に理解いたしました。あなたの希望のすべてが通るかどうかはわかりませんが、弊社のほうでもしっかりと検討したうえで、ステレオタイプな主従関係によるSMテレフォンセックスを行うかどうかに関しては、後ほど、あらためて連絡させていただきます」
まとめてみるならば、おおよそこういったやり取りに書き換えることができるであろう私と人妻によるSMテレフォンセックスは、それから、一般的に考えられているようなSMテレフォンセックスを周到に回避しながら、傍から聞いている人間にはとてもSMテレフォンセックスとしては認識されないであろう日常会話を延々と繰り広げてから電話回線を切った。
そんなやりとりが果たしてSMテレフォンセックスといえるであろうか?それはSMテレフォンセックスではなくまったく普通のツーショットダイヤルでしかないのではないか?
このような質問が出るのは当然である。だが、これはSMテレフォンセックスなのである。私も、ドM人妻も、それをSMテレフォンセックスとしてとらえて、会話していたのである。
実際のSMの場面で、女王様がM男に対して「射精管理」を行うときのことを考えてほしい。M男は「射精」をしたいが女王様はM男に「射精」を決して許さない。M男はいますぐにでも精子を放ちたいという気持ちと同時に、このまま精子を放つのとは別の方向へと女王様によって迂回させられる時間を継続したいとも考えている。それは、両義的であるゆえにM男の脳髄と下半身にストレートな射精以上の快楽を与える。
私とドM人妻がおこなった何の変哲もない日常会話、決して射精にも絶頂にも到達しないふつうの会話は、この「射精管理」の構造を利用している。
私たちは、この構造をともに理解し、共有したうえで、サディストとマゾヒスト同士の信頼関係からなる契約を結んでいた。
「SMテレフォンセックスによって絶頂に到達したい」というドM人妻の欲望に、「『SMテレフォンセックスによって絶頂に到達したいと考えているドM人妻の快楽』を管理する優位な立場をとり支配し、調教する」という私の欲望が応える。
こういった権力の勾配関係が、私たちの一見すると取るに足らない日常会話の背景にはあった。この背景を見抜けない場合、私たちのSMテレフォンセックスは理解できないだろう。陳腐なSMテレフォンセックスからはもたらされない、より奥深いサドマゾ的快楽を私たちは目指し、到達していたのだ。
高度に発達したSMテレフォンセックスは日常会話と区別がつかない。SMテレクラを利用しながら日常会話に終止するというSMテレフォンセックスは、快楽の動作をつづけながら形而上学について考え、その精神の機能に熱中するのと同程度に上等な楽しみなのだ。