先程も、SMテレフォンセックスで人間の尊厳を回線越しの女王様に蹂躙された上で、そのあってないような醜悪な尊厳を電話回線の掃き溜めに捨ててきた次第でございます。
いや、女王様によって人間の尊厳を踏み躙られる、人間の尊厳が蹂躙される、と書きましたが、これは間違いでした。すぐに訂正しなければならないでしょう。
むしろ、わたくしの存在が人間というものの価値を貶め、わたくし以外の人間の尊厳を踏みにじり、凌辱しているのです。ですから、人間の尊厳をいやしくも引き下ろすわたくしめに女王様が罰を与えてくださっている、というのが正しいのです。
SMテレフォンセックスの身に余る幸福な懲罰の時間のなかで、わたくしは人間として最低以下の存在になれることに大きな喜びを感じております。
いや、最低以下の存在になれる、というのは、誤りでした。すでに最低以下であるわたくしのことを、SMテレフォンセックスの時間のなかで女王様にしっかりと適切に扱っていただく、といったほうが正確かもしれません。
一応は人間の形をしているというだけのわたくし、汲み取り式便所の最下層にたまる糞にも劣るわたくしは、SMテレフォンセックスで女王様に踏み躙られているあの至福の時間においてのみ最低以下の存在であるというわけではありません。
わたくしは、この地上に生まれ落ちた瞬間から最低以下でした。今日にいたるまで最低以下でした。そして、おそらくは死ぬまで最低以下でしょう。
いや、それどころか、当然ながら、死後においても私は最低以下なのですから、私を追悼するためにではなく、死者に鞭を打ち、口汚く罵るためにわたくしの墓碑を立てることをどうかお許しください。
寝ても覚めてもわたくしが最低以下の存在ではない時間などないのです。わたくしの精神をたえず支配しているのは、人間一般の尊厳を蹂躙してやまない最低以下の存在であるわたくしの臭い呼吸によって人間の価値が毎秒ごとに貶められていることに対する忸怩たる思いです。
しかし、わたくしは、SMテレホンセックスをしている時間以外においては、わたくしが汚物そのものであるということを、隠さなければならない境遇にあります。
わたくしはとある大企業で人の上に立つ仕事をしています。わたくしは、部下(ああ、わたくしなどよりはるかに人間的に素晴らしい彼らのことを、どうして部下などと呼べようか!)の前で自分の先天的であると同時に後天的には強められもしたおぞましさを見せるわけにはいきません。
わたくしが大企業で人の上に立つなどという暴挙に出ることができたのは、わたくしが人間の尊厳というものを蹂躙することに何の痛痒も感じないどころか、むしろ、わたくしが存在し、無感情に無慈悲に労働することによって、結果的に大多数の人間の尊厳を奪い去るということに喜びさえ感じているからに他なりません。
もし、わたくしが人であるならば、人間として「まとも」であるならば、わたくしは、わたくしの現在の地位に上り詰めるまでに精神をおかしくして、早々に退職届を出していたことは間違いありません。
ところが、わたくしは淡々と仕事を続けました。かたや、人間の尊厳を蹂躙しつづけることに耐えきれなくなった同期の人間や、上司たちは、次々と退職をしていきました。残されたのは、人を人とも思わぬ悪鬼羅刹か、わたくしのような最低以下の存在だけ、というわけです。
いや、わたくしは、悪鬼羅刹にさえなれれば、多少は楽だったのかもしれません。ここがわたくしのみっともなさであるのですが、わたくしは、次第に(役職が上がっていくにつれて)、自分以外の人間の尊厳をひたすらに奪い続けている自分というものに、耐え難さを感じ始めていたのです。
SMテレフォンセックスというものに出会ったのは、わたくしが、わたくし自身の崩壊の寸前にいたときであったと思います。
わたくしは、SMテレフォンセックスで女王様によって罰を受けることがなかったならば、おそらくは、SMテレフォンセックスで女王様に対してのみさらけだすわたくしの醜態を、突如きがくるったかのように仕事中にさらけだしていたかもしれません。
人間以下のわたくしが、価値のある人間のみなさまの尊厳を踏みにじり続けているという罪は重く、それは決して消えないでしょう。しかし、決して消えないその罪を、SMテレフォンセックスにおいて女王様に厳罰を与えられているその時間だけは強烈な快楽に変換させることができるのです。
わたくしが罪を深く重くしつづけるのは、SMテレフォンセックスという場で女王様によって罰されたいからなのでしょう。いっときの快楽のために、わたくしは、自分の利己的な欲望のために、ますます積極的に人間の尊厳を奪いつづけているのです。
生きている価値がないどころではありません。無価値であればまだよかったのに、わたくしの存在は、ただひたすらに害悪でしかないのです。
そんな害悪そのもののわたくしなど、とっととこの世から消え去ればいいのに、その邪悪な精神ゆえに自分を甘やかし、自分を消すことさえもできず、未練がましく生き残り、他人を貶めているのです。
SMテレフォンセックスは、SMテレフォンセックスで回線が繋がる女王様は、わたくしのその邪悪な精神をことごとく看破し、微に入り細を穿つようにして、逃げ場をなくし、わたくしを責めたて、追い詰めます。
そして、わたくしはそれによって、救われてしまうのです。救われてはいけない魂を救ってしまうSMテレフォンセックスの是非は問われてしかるべきでしょう。しかし、わたくしのような最低以下の存在は、SMテレフォンセックスの是非を問うことなく、ただただ快楽原則に忠実に、女王様によって罵られる厳罰の時間に溺れていくだけなのです。